2011年10月5日水曜日

わんちゃんも精神病になる時代?


 犬はもともとが群れで生活する社会性の強い動物です。母犬や兄弟犬達と一緒に過ごしてきた子犬が、親・兄弟と別れて新しい人の家族に引き取られてすぐだったり、突然ひとりきりで留守番することになれば当然不安を強く感じます。
 飼い主さんが一緒にいる時には全く問題がないにも関わらず、独りになったとたんに不安を感じ、留守の間中吠え続けたり、ものを破壊したり、トイレ以外で排尿するなどの問題行動をとることを、獣医学領域では「分離不安症」と呼びます。いわゆるわんちゃんの精神病の1つですが、犬の問題行動としては最も一般的に見られるものです。

人間でも赤ちゃんがお母さんの姿が見えなくなれば、不安になり泣いたりすることを考えれば、家族同然で暮らすわんちゃんが、家族と離れることで強い不安を感じることがあることも自然のことに思えます。しかし、その行動や症状が過剰になると家族の日常生活にも大きな支障をきたすようになってしまいます。

もちろん子犬でなくても、成犬が突然の環境の変化(新居への移転やアニマルシェルターでの突然の暮らしをしいられる)や家族構成の変化(死別や新しい家族やペットの追加)等が生じることを引き金に、分離不安症を生じることもしばしばあります。


あなたのわんちゃんは大丈夫?
  1. ひとりきりになった時に問題行動が強く現れる。
  2. 家族が家にいるときには、常に後ろを付きまとう。
  3. 家族が帰宅した時には失禁したり、ほえたりと大袈裟に感情を表現する。
  4. あなたが外出する準備を始めるとソワソワしたり、不安になったり落ち込んだりする。
  5. ひとりで屋外で過ごすことが大嫌い。
 こんな症状があれば要注意かもしれません。

 子犬であれば独立心を養い、犬が安心して留守番できるように家族が必ず帰ってくることを覚えさせ、少しずつお留守番の時間を長くしていくことが理想的です。
成犬ともなると、家族の方も急に犬だけに合わせて生活することができないために、こうした行動治療を上手に行なうことがより難しい場合が多いものです。

 当院でも分離不安のわんちゃんに悩まされる飼い主さんがいます。
ある飼い主さんの例をお話したいと思います。1年前に相談に来られたのですが、15才と高齢になってから徐々に問題行動をとるようになり、家族が留守の間中パニックになり何時間でも大声で吠え続けることに近所に申し訳が立たない、夜も眠れず精神的にも参ってしまっているという状態でした。現在のところ、薬物治療に加えて、出来るだけ犬を疲れさせるよう運動させたり、連れて行けるところは一緒に行動したりと苦労しながらも、なんとか頑張って治療をしています。
治療当初は改善せず、犬を手放すことや安楽死を考えるほど切羽詰まったお気持ちで、声帯の切除も考えていました。症状に波があるものの、今はなんとかなってくれているのは一重に薬だけに頼らず家族が団結して犬のために出来ることを努力をしているからに他なりません。

 実際に分離不安の相談で多いのは、とにかく犬に今すぐ(人間にとって都合のよいように)変わって欲しいという内容のもので、静かになる鎮静薬や長くきく睡眠薬を出して欲しいあるいは今すぐ声帯をとって下さいという依頼です。

精神病が1~2日で直る薬があれば困る人もいないし誰もが大助かりなのですが・・・。
また、犬の声帯だけとったら人間の方はひと安心という気持ちで治療が終わってしまうというのはちょっと待って欲しいのです。
声帯を切除された後にも犬は声にはならない鳴き声で鳴き続けるでしょう。人に鳴き声が聞こえないだけで、決して犬から不安な症状が消えてしまったということでは無いのです。
むしろ、声が出ないだけに犬の訴えに耳を傾けなくなることに心配を感じます。

先の飼い主さんのケースがうまくいったのは、病院で治療を受けて改善させる努力をして、御家族が精一杯のことをしていることを御近所の方々になんとか理解していただけるように努めた結果だと思います。

症状が改善するまで悠長なこと言ってられないという気持ちもわかりますが、人間の赤ちゃんが泣くのと同じような気持ちで出来るだけ家族の一員である犬も不安なく暮らせるような方法を見つけて欲しいですし、そういった治療を出来るだけ行なっていきたいと考えています。

 犬に精神病なんて昔ならびっくりな話ですが、多くの犬の位置付けが番犬だった以前と違って、現在は家族の一員としてより人に密着したところに位置付けられているという確たる所以だなと感じる次第です。

最近は子犬の頃の社会化やしつけがその犬の生涯の性格を形成する上で非常に大切なことがわかってきています。そして多くはこの時期の飼い方が問題行動を引き起こす大きな原因となります。『三つ子の魂百まで』ということでしょうか。